| ジュビロ磐田(じゅびろ いわた)は、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。
1994年Jリーグ加盟。会社はヤマハ発動機など地元磐田市周辺企業が出資して設立された。正式な会社名は株式会社ヤマハフットボールクラブ。ホームタウンは静岡県磐田市。ホームスタジアムはヤマハスタジアム(旧・ジュビロ磐田スタジアム)。練習は同市内にあるヤマハ大久保グラウンドと、隣接する磐田スポーツ交流の里・ゆめりあが使用されている。チーム名の「ジュビロ」はポルトガル語・スペイン語・イタリア語(Giubilo)で歓喜の意味。
1992年末にJリーグ準会員に加盟。1993年にJFL1部で準優勝し、1994年からJリーグ昇格。元日本代表監督ハンス・オフトを迎え、オランダ代表ファネンブルグ、元イタリア代表スキラッチ、ブラジル代表ドゥンガなど大物外国人選手の補強が相次いだが、次第に日本人選手の育成にシフト。レギュラー選手を固定化することで高度なチーム連携を実現。1990年代後半から鹿島アントラーズと覇を争う強豪となり、2002年にはリーグ史上初の両ステージ制覇を達成した。しかし、名波浩や、藤田俊哉(現:名古屋グランパスエイト)など、優勝に貢献した中盤の選手の平均年齢が上がったこと、育成を重視し補強に積極的ではなかったことなどから、2004年の2ndステージでは13位と低迷した。2005年は久々の大型補強や、ベテランに加えて成長株の若手を起用するなどによって、6位となんとか強豪復活を表す結果を収めている。
「サッカー王国」といわれる静岡県の中も傍流である西部の一地方都市に拠点があること、また親会社であるヤマハ発動機が健全財政を方針としていることもあり、資金面では必ずしも恵まれていない。日本人選手育成にシフトしたり、積極的な補強を2005年まであまりしてこなかった背景にも、資金面での問題が影を落としている。それでも多くの有力な新人選手を獲得しているが、上記のように現在クラブは過渡期に差し掛かっており、2003年天皇杯を最後にタイトルから遠ざかっている。
ちなみに、初代監督だった長澤和明は、女優長澤まさみ(地元磐田市出身)の父である。(Wikipediaより)
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